変革期を迎えたSaaSのカスタマーサクセス
内木場:藤島さんとはカスタマーサクセスのツールベンダーとして、カスタマーサクセスを世の中に広める活動をしています。一緒にイベントに参加したり、先日は私が藤島さんのYouTubeチャンネル「カスタマーサクセスTV」に出演させていただきました。今回は藤島さんに2023年のカスタマーサクセスの動向についてお話をいろいろとお聞きしたいと思っています。まずはその前に昨年、2022年のカスタマーサクセスを振り返ってみてどのように感じていらっしゃいますか。
藤島:カスタマーサクセスは、元々SaaSがサブスクリプションビジネスをお客さまに継続して使ってもらい解約率を抑えるために生まれたものです。日本のSaaSの会社もほぼすべてと言っていいほどカスタマーサクセスを導入しています。2020、21年のSaaS業界は非常に好調でした。新型コロナウイルスの影響で急激にリモートワークが進み、みんながSaaSのサービスを使うようになった。売上も伸びたし、儲かっている業界ということで投資家からの資金も流入しました。爆発的に新規のお客さまを獲得するフェーズだったんです。ただ獲得したお客さまをおろそかにすると解約されてしまうので、契約を維持するのがカスタマーサクセスの役割でした。
ところが2022年に入って、一気にリセッション(景気後退)が来ました。SaaS企業の時価総額は半分以下、ひどいところだと4分の1、5分の1にまで落ち込んでいます。そうなると資金調達ができないので、まずは売上を増やさなくていけない。その一方でコスト削減、分かりやすく言うと人件費を削らなくてはいけない。最近はセールスフォースもGAFAのような大企業も人員削減したというのが毎日のようにニュースになっていますよね。これは企業として当たり前の動きです。その影響はカスタマーサクセス部門にもすでに出ています。
内木場:具体的にはどういう動きになってきていますか。
藤島:まずは単純にカスタマーサクセス部門の人員が減っています。売上を伸ばすためには営業を強化しなくてはいけません。私の周りでもカスタマーサクセス部門にいた人が営業職に戻されています。
カスタマーサクセス自体の役割も大きく変わりました。製品のプロダクトマネジメントでいうと、これまでは「契約を維持するためにこうした方が使い勝手がよくなる」といった要望を拾い上げていました。それが今は、「こうした方がもっと売れる、新規のお客さんはこういうものを求めている」といった売上に直接結び付くものを拾い上げるように変わりました。もう一つ大きな変化としては効率化のためにテックタッチの重要性が高まっています。会社の中のカスタマーサクセスにあてられる人件費が減っていますから、これまで人がやっていた業務をテックタッチでフォローするようになっています。これまでテックタッチというのは、会社にとってはどちらかと優先度が低いお客さまをカバーするためのものでした。その枠組みが変わって、テックタッチの重要性が高くなってきています。
内木場:これまでカスタマーサクセスというと、チャーンレート(解約率)が重要とずっと言われてきましたし、バイブルとされている青本にもそう書かれています。しかし今は、カスタマーサクセスが契約を維持するものから売上を伸ばすものへと変わったということですよね。それは、私たちも感じています。実際に2022年は、「カスタマーサクセスをアップセル、クロスセルに繋がる業務に変えたい」とか、「どう活用したら売上が伸びるのか」というお問い合わせが増えました。
藤島:私の著書『実践カスタマーサクセス』にも、チャーンレートはもう古いとあえて書きましたが、結局、チャーンレートが重視されたのは新規のお客さまを獲得できるフェーズだったからです。リセッションが始まったアメリカではNRR(売上継続率)がメインの指標になっています。これはお客さまの売上が1年後にどれくらい成長しているのか、100%なのか、110%なのか、それとも70%なのかを見ていくものです。例えばZoomはNRRが120%と言われています。Zoomを導入したら便利だから他の部署でも使おうと契約アカウント数が増える。さらにセキュリティの強化やウェビナーを開催できる有償オプションを付ける。すると1年後には自然と売上が伸びていく。他のSaaSでもそういう動きは始まっています。例えばHR領域のSaaS企業は、労務や勤怠管理、給与計算をクロスセルすることを前提にプロダクトを組み立て、NRRを高めています。
こういった流れのなかでカスタマーサクセスにはハイタッチでコストを削減しながら、クロスセル、アップセルでNRRを伸ばすことが求められています。その背景には本音としてはリセッションによる人件費削減があるのですが、これを前向きに考えると、カスタマーサクセス部門が筋肉質な組織、動き方になる転換期が訪れたということだと思います。
SaaS以外の領域でも広がりを見せた2022年
内木場:日本はカスタマーサクセスの広がりが遅いとずっと言われてきました。SaaS以外の業界で2022年はどんな動きがありましたか。
藤島:SaaS以外では大手SIerがようやくカスタマーサクセスに取り組み始めたというのが2022年ですね。大手SIerはこれまで受託ビジネスに依存してきました。ただこのままでは先細りになるのではないかという危機感も持っています。50〜60代の経営陣はピンと来ていないのですが、20〜30代の若い社員の方はその傾向が強く、SaaSを見習ってせめてクラウド型の製品はカスタマーサクセスを取り入れた方がいいという声があがっています。私の会社でも大手SIerからコンサルティングを求められることが増えてきました。ただ、SaaS会社は歴史が浅く、会社組織が固まっていない段階でカスタマーサクセスを取り入れていますが、大手SIerはすでに何十年も積み重ねてきた業務プロセスや評価制度、マネジメントの仕組みがあります。カスタマーサクセスを導入しようとしてもSaaS企業がやってきたことをそのまま導入することはできないので、カスタマイズが必要になってきます。これからそれぞれに合わせたカスタマーサクセスを探っていく必要があると思います。
その他にB to Cの領域でも、カスタマーサクセスが広がり始めています。これまでB toC企業は顧客との関係性の管理により利益の最大化を目指すCRM(Custmaer Relationship Managent)に取り組んでいました。これをカスタマーサクセスに置き換える企業が増えています。有名なところでは花王さんが「売って終わり」から「もう一度買ってもらう」を実現するために、カスタマーサクセス部をつくりました。私たちのところに相談いただくケースも増えていて、ビジネスパーソン向けの英会話やトレーニング系ジム、結婚相談といった月額サービス、サブスクリプションを提供している業種でカスタマーサクセスへの関心が高まってきました。
内木場:今のお話は私の肌感覚とすごく近いです。我々は今までは大きくSaaSとSaaS以外と分けてマーケティングを考えていました。2022年までは圧倒的にSaaS関連の案件が多いですし、お話を聞いてもカスタマーサクセスチームがすでにあるとか、まさに新しくこれから組織を作るといった段階まで達していて、導入スピードも早かったのですが、最近は動きが鈍くなっています。一方で、最近はSaaS以外のサブスクリプションビジネスからのお問い合わせや案件が増えてきました。カスタマーサクセスはSaaS以外の領域に広がってきたなという印象を強く感じています。
ずばり!2023年はカスタマーサクセスの普及元年に
内木場:2023年はカスタマーサクセスにとってどんな年になるのか。どんな未来を予測していますか。
藤島:これまでカスタマーサクセスが広がらない要因として情報の不足が指摘されていました。ただ、私は情報収集の時期は2022年の段階でもう終わったと思っています。
2022年12月に「CSHERO」というイベントを開催して、カスタマーサクセスに取り組んでいるSaaS企業、大手企業とベンチャー企業を織り交ぜて講演をしてもらいました。各社のプレゼンを見て、カスタマーサクセス業務が合理的に設計され、言語化されているのを感じました。これからカスタマーサクセスを導入するときは、最初からこういったベストプラクティスがある状態で始めることができる。人材の面でもSaaSでカスタマーサクセスの流れを一巡した経験者が転職マーケットに出てきます。不況になりつつあるSaaSから大手企業にスカウトされてカスタマーサクセスを担当するという流れも十分に考えられます。
すでにカスタマーサクセスが広がる素地はできています。これまでカスタマーサクセス市場はSaaSが80%以上を占めていて、SIerが10%前後、その他が数%という割合でした。情報と人材が揃った2023年はカスタマーサクセスがSaaSから飛び出し一気に広がっていく、そんな年になるのではないでしょうか。
内木場:まさに2023年はカスタマーサクセスが普及期に入る、最初の一歩になりそうですよね。我々カスタマーサクセスツールベンダーとしても様々な情報発信をしながら、カスタマーサクセスツールの普及にも力を入れていかなければいけない年と言えます。
藤島:そうですね。実際にカスタマーサクセスツールの導入率も高くなってきています。コスト削減意識が強くなっているのと、ハイタッチと言われる、人がフォローする業務がクリアになってきたことでハイタッチを型化しやすくなってきています。予算に余裕があるならカスタマーサクセスに大勢人数を割いて、一人が一社を担当するというのが理想ですが、現実的には有り得ない。今後起こってくるのは多くのお客さまを少ない人数でどうフォローするかという話になってきます。人がやりきれない部分をデジタルツールも活用しながら補っていく。そういう流れになっていくことは間違いありません。
内木場:「ハイタッチの型化」というのはいい切り口ですね。ハイタッチというのは重要でやらなければいけないものではあるけれども、数を増やすのは難しいところがありました。そこを型化し、優先すべきお客さんがはっきり分かるようになると属人化を防ぐことができる。「ハイタッチの型化」は今後のカスタマーサクセスの一つのキーワードになる気がします。
内木場:藤島さんご自身は、2023年をどんな年にしていきたいですか。
藤島:今は初心者向けの優しい内容から専門的なものまで、あえて角度を変えながら幅広くカスタマーサクセスの情報を発信しています。媒体も多くの人に届くように、会社のブログ、個人のブログ、雑誌、YouTube、ポッドキャスト、そして書籍も1冊書きました。今後もなるべくいろんな角度、いろいろな表現の仕方でカスタマーサクセスを分かりやすく、伝えていく活動は続けていきます。
そしてツールベンダーとしては、引き続きカスタマーサクセスを効率的に運用できる製品開発を頑張っていきたいですね。
カスタマーサクセスの仕事をすべて自動化できれば嬉しいし、コストも削減できます。その鍵を握るのはAIだと考えていて、今カスタマーサクセスツールにAI機能を詰め込んでいます。カスタマーサクセスの案内内容をAIが自動要約して要点だけを伝える機能や、書いた内容をAIが音声で読み上げたり、それを1.5倍速で再生するとか、あとはカスタマーサクセスの案内内容を自動で他言語に変換する翻訳機能など、AIを活用した工数削減、人がやっていたことをAIに置き換える機能を導入しています。将来的にはAIがカスタマーサクセス業務を担ってくれる世界を目指しています。
その一方で人の価値も重要視していて、これからは人の希少性が高くなる。何に人のリソースを使うのかを真剣に考える時代になると思っています。人がやる価値のある仕事は人がやるべきだし、それ以外の業務はAIやITツール、DXツールで自動化するというのが方向に進んで行くことは間違いありません。それに対応できるツールをお届けしたいと思っています。
内木場:今後はSaaS以外の領域でも広がることで、カスタマーサクセスが多様化していきます。といっても、まだまだ最初の一歩をこれから踏み出そうという段階です。私たちツールベンダーが情報発信をして潜在的なお客さまにカスタマーサクセスの価値に気付いてもらう、引っ張っていける部分は引っ張っていくことでカスタマーサクセスが成長すると思います。またぜひ一緒にセミナーなど開催したいですよね。最後に読者の方にメッセージをお願いできますか。
藤島:私たちはカスタマーサクセスベンダーなので、カスタマーサクセスを効率化するツールの導入をぜひとも検討してほしいですね。2020年、21年は私たちもまだ開発の段階でした。それが今は機能が格段に向上しています。21年と23年では10倍くらい機能が違います。最新になればなるほどツールもブラッシュアップされてきています。2023年はITによる効率化と本当に向き合っていかないといけないはずです。なるべく少ないコストで、会社の業績に貢献できる製品サービスを提供していくので、一緒になってより筋肉質なカスタマーサクセスづくりをご一緒したいなと思っています。
内木場:まさに今が一歩を踏み出す絶妙なタイミングですよね。カスタマーサクセスツールの機能が向上し、情報も揃ってきている。しかも世の中のカスタマーサクセスの認知度も高くなっています。このタイミングでぜひ、検討、導入に向けたはじめの一歩を踏み出してもらいたいですね。いろいろお話をうかがえて勉強になりました。本当にありがとうございました。
内木場健太郎
株式会社リンク
CustomerCore 事業責任者
CustomerCore 事業責任者
クリエイティブ業務からキャリアをスタート。広報宣伝部門、マーケティング部門の立ち上げ、ホスティング事業責任者を経て2019年よりカスタマーサクセス支援システム「CustomerCore」の事業開発を担当。サブスク型/ストック型ビジネスの20年以上の経験をもとに、さまざまなBtoB企業のカスタマーサクセス活動の効率化を支援している。