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IT企業が“正しい酪農”を守る理由――リンクとなかほら牧場、15年の歩み

IT企業が“正しい酪農”を守る理由――リンクとなかほら牧場、15年の歩み

都心のIT企業が農業を支援する——。一見すると異色に思えるこの取り組みは、実は現代社会が直面する重要な課題への答えのひとつでもあります。株式会社リンクは2010年から岩手県の「なかほら牧場」の経営に関わり、山地酪農という理念のある農業を15年にわたって支え続けてきました。日本の農業が大きな変革期を迎える中、なぜ農業と向き合うのか。リンクの岡田社長と2代目牧場長の牧原亨さんがその想いを語りました。

1.なぜ都心の企業が農業と向き合うのか

―リンクがなかほら牧場の経営に関わるようになり、ちょうど15年になります。そもそものきっかけを教えてください。
岡田 なかほら牧場との出会いは2007年まで遡ります。当時リンクでは e-select というギフトのポータルサイトとして、こだわりのアイテムを集めたオンラインモールを運営していました。この部署の社員が「ここの牛乳はすごい!」となかほら牧場の牛乳を見つけてきちゃった(笑)。実際に飲んでみるとすごく美味しくて、この牧場の牛乳を取り扱うことになりました。

その頃はまだ山地酪農のことをよく知らなかったのですが、 e-select で推している商品の生産者を動画で紹介することになり、初めてなかほら牧場を訪れました。岩手の山の中で牛たちが伸び伸びと暮らしている様子を自分の目で見て、山地酪農を教えてもらったとき、こんなに素晴らしい牧場があるのかとびっくりしたのを覚えています。そのときはまだ経営に関わることになるなんて想像もしていませんでした。

それからしばらくして2009年のある日、牧場主の中洞さんが「牧場をたたむことになったので牛乳を納品することができなくなりました」と東京まで挨拶に来てくれたんです。そこでいろいろと話を聞いていたら、なかほら牧場を閉めるのは惜しいという思いが湧いてきました。

というのも、ほとんどの牧場は、牛を一頭当たり一坪にも満たない狭いスペースで飼育し、乳量を多くするために栄養価の高い穀物飼料を食べさせて、まるでミルク製造工場のようになっています。そんな環境で飼育されている牛たちのミルクを、私たちは飲んでいるわけです。とても安全な牛乳とは言えません。それに対して、なかほら牧場では山地酪農ですごくまっとうな酪農をしているのを自分の目で見ていますから、なんとか出来ないものかと思ってしまったわけです。それがスタートです。
―この15年を振り返って経営としてはどのような状態なのでしょうか。
岡田 いまだに毎月1千万前後の赤字が出ている状況です。この赤字を無くすことは到底できないので、少しでも減らす努力をしているところです。ただ、これも社員のみんなが頑張ってくれているからできることなので感謝しています。もし、会社全体の決算が厳しくなったら牧場を維持することはできないわけですから。
―牧場経営で黒字化が難しいのはどうしてなのでしょうか。
岡田 搾乳量の少なさが根本的な問題です。なかほら牧場の牛は、植物学者である猶原博士が提唱した山地酪農の原則に沿って、山に生えている野芝や野草、熊笹などを食べているんですが、そうすると輸入トウモロコシ主体の濃厚飼料を食べている乳牛と比べて5分の1程度の乳量になってしまいます。

なら牛の数を5倍に増やせばいいんじゃないかと思うかもしれませんが、当然土地には限りがあるし、冬場の乾草代もすごいことになるので、そう簡単に乳量を増やすことはできません。しかも酪農の設備にかかるコストはすごく高いんです。搾乳機が壊れたとなると修理に数十万円かかりますし、古くなった機械を買い替えようとなると数百万円は当たり前です。経費が多額にかかる上に生産量を増やせないため、黒字化は難しい状況が続いています。

2.正しい酪農を残すために支援を続ける

―牧場長としては今の状況をどう見ていますか。
牧原 すごく難しいですよね。私は実家が酪農家でもうたたんでしまったのですが、最も多いときで600頭も牛を飼っていて、岩手県のトップ3に入るような大規模経営をしていました。普通の酪農家だったらどうするのか、そのノウハウは熟知しています。

乳量を増やして利益を出そうと思ったら、より栄養価の高い配合飼料に変えればいい。今の酪農はミルク製造システムなので、どんな配合飼料をどれだけ与えるとどれだけの量を搾乳ができるかまで計算できてしまいます。

なかほら牧場は、健康な食品を提供するために「牛なり・山なり・自然なり」という考え方に沿って運営していますが、利益だけを追求しようとしたら、そういったアプローチもできます。でもそれをやってしまうと、健康な乳製品を届けることが出来なくなりますし、味も変わってしまいますから、ファンを失います。そうなるとなかほら牧場がある意味がなくなってしまいます。だから私にできることは、今やっている酪農を曲げないことだと思っています。
岡田 利益を出すために一般的な酪農をするくらいなら、とっくに牧場をたたんでいます。いいもの、正しいと思われる農業を残すために支援を続けているのであって、酪農で利益を出そうと思っているわけではない。ただこの15年やってみて、山地酪農で利益を出すことがいかに難しいかは、骨身にしみて分かりました。

日本で農業や漁業、酪農などの1次産業を継続してやっていくには、家族経営が一番なのではないでしょうか。大量・多種製造を追わなければ、人件費やランニングコストが抑えられます。山地酪農の素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい、正しい商品を届けたいと人や店舗を増やし、あれも作ろう、これも作ろうとしてしまった。これが赤字の原因だと反省しています。ですから、中長期的に継続可能な運営規模に戻していく。そこまで伴走するのが、なかほら牧場に関わってきたリンクの責任かなと考えています。

野芝におおわれた山で放し飼いで飼育されている、なかほら牧場の牛たち

あるべき酪農手法で育てた牛から搾った牛乳と、その牛乳を使ったプリンはなかほら牧場の人気商品

3.日本の食と環境を守るのは企業として当然のことでは?

―赤字が続いているなかでも支援を続けるのは、企業として「農業を支える」という責任感が大きいのでしょうか。
岡田 2025年は、米不足が続いたこともあって「農業を支える」という言葉をよく耳にします。しかし、そもそも支えてもらっているのは1次産業以外の生活者である我々ではないでしょうか。我々は農業と漁業から食べるものを得ている、つまり命を支えてもらっているのです。酪農は、日本の食を支える農業の主たる要素ではありませんが、人びとの健康や体を維持していくためにも、食と環境の問題を知ってしまった企業や生活者が農業と漁業を大切にするのは当然のことだと思います。

それから、もうひとつ。自分たちが高い食品を売っているから言う訳ではありませんが、『農・食・健康』を考えるうえで大事なことは『安値と便利の追求を出来るだけ避けること』だと思います。安いものにも高いものにもそれなりの理由があるからです。これを完璧に行うのは無理ですが、ぜひアタマの片隅に置いておいてください。

今年、戦後80年を迎えました。終戦直後、アメリカは大量に余ってしまった小麦の消費先として日本と韓国に着目し、その流れで、学校給食にパン食、そして牛乳が導入されました。その後も日本の農政は、結果としてアメリカ産小麦の利用拡大に深く関わってきました。米の作付面積を抑える減反政策なども進められ、食生活が大きく変化していきました。こうした長年の政策や環境の変化が、2025年に顕在化したコメ不足の主たる原因です。これから米を増やそうと思っても、米作農家の平均年齢は68歳と高齢化しています。今後どのように米作を守っていくのかという切羽つまった話です。
牧原 そうですよね。これまで農業をやったことのない若い人を育てて、すぐにシフトすることなんて到底できません。これは酪農も同じで、私は47歳になりますけど、この世界ではまだまだ若手ですから。なかほら牧場には若い人が酪農を学びに入ってきていますが、農業、酪農を守っていくためには人も育てていかないといけないのに、それが多くの農家、酪農家ではできていません。
岡田 さらに言うと、国が補助金を出したり、買い上げたりするのは農薬や化学肥料を使った、決して安全・安心とはいえないようなものが多い。オーガニックのように土と水を汚さない農業をしている農家にはほぼ支援がありません。

オーガニックの食材が体に良いのは皆さん知っていると思いますが、実は山や土、川、そして海を守るためにこそ、オーガニック農業は大切なんです。農地に撒かれた化学肥料や農薬は水に溶け、川から海に流れ込みます。日本の国土さらには地球全体の環境を守るには、この汚染の大循環を止める必要があります。そういう意味で、なかほら牧場や山地酪農を残すことに大きな意味があることは間違いありません。なかほら牧場に降った雨が川に流れ込んでも化学物質で環境を汚すことはありません。しかもこの牧場は、一面に生えた野芝と広葉樹の根がしっかりと土をグリップして、山林の保全にも役立っています。実際、2016年に岩手県で大洪水が発生し、方々の山が崩れたときもなかほら牧場の山はびくともしませんでした。農林業、広い意味で農林水産業は、人びとが暮らす土地の保全業でもあるのです。

国民の命の源である食料を安定的に確保し、国土を守るためにも、本来は国が主導して日本の農業を支えていくべきだと考えています。しかし、現状はグローバルな経済や海外の影響を強く受け、日本の将来を考えた農政が行われているとはとても言えず、日本の農業の行方に危機感を抱かざるを得ません。行政や政治に日本の農業の再建を頼ることが難しい以上、企業や生活者が自らの問題として考える必要があります。多くの人がその重要性に気づき、正しい農業に取り組んでいる農家を企業と人びとが支援する。そんな未来が遠くないことを期待しています。
株式会社リンク<br>
代表取締役 社長<br>
岡田 元治

株式会社リンク
代表取締役 社長
岡田 元治

1955年京都府生まれ。横浜の全寮制、山手学院中高を経て、早稲田大学商学部卒。翻訳・編集・広告制作に従事したのち1987年に広告制作会社の株式会社リンクを設立。1996年に富山のエーティーワークスと共同で「at+link 専用サーバサービス」をスタートし、国内トップの契約台数を獲得。2006年にインターネット電話サービス「BIZTEL」をスタートし8年連続国内 No.1を獲得。2010年から農系事業としてなかほら牧場の経営にも取り組んでいる。

なかほら牧場<br>
牧場長<br>
牧原亨

なかほら牧場
牧場長
牧原亨

岩手県田野畑村で代々酪農を営む家に生まれる。酪農学園大学・文理科短期大学(北海道江別市)を卒業後に実兄と牧場を継ぐが、JA統合の流れでたたむ。その後建築業界を経て、2012年に中洞牧場へ就職。現場責任者を経て2021年6月に二代目牧場長に就任。「牛のため、山のため、乳製品を買ってくれる生活者の健康のため」をテーマに、なかほら牧場と山地酪農の維持•発展をめざす。